小金井自然観察会 コラム


会報『こなら』2023年4月号に掲載

庭園と自然 

高橋 康夫 (当会会員)    

 徳川幕府が置かれた江戸は1000 箇所余りの大名庭園がある「庭園都市」でした。しかしながら、明治維新、関東大震災、東京大空襲などで多くの名園が失われ、現在残されている大名庭園は小石川後楽園、浜離宮恩賜庭園、六義園、旧芝離宮恩賜庭園の4 ヶ所だけです。その中でも浜離宮恩賜庭園(以下浜離宮と表記)は国指定特別名勝・特別史跡で、いわば国宝級と言ってよい文化財庭園です。

海水を引き入れ、潮の満ち引きによる水位の変化で景色が変わる“潮入の池”を持ち、将軍の狩りの場であった鴨場を有するなど貴重な遺構が残されています。潮入の池では、ボラやエイなど海の魚を見ることができます。

日本庭園というと庭師によってつくられた箱庭的疑似自然というイメージがありますが、25ヘクタールもある浜離宮は、隅から隅まで作為を持って美的に仕上げている京都のお寺の庭とは異なり、おおらかな作庭が特徴で管理の手が入らない空間もあります。

現在は東京都の所管で 9 時から 17 時までの制限公開なので、一般的な都市公園に比べると閉鎖的空間であり、文化財保護法により許可なく改変はできないので維持のための定期的な管理作業が行われています。

このような庭園管理の状況により、浜離宮には、都市公園では見ることができない貴重な野草などが自生しています。

オドリコソウの大群落や珍しいアマナの花を観た時には、「まさかこの場所で自生しているのか」と驚きとともに感動を覚えました。そのほかにも、ヤブミョウガの群落や柑橘類のクネンボなども見ることができます。冬になると潮入の池にはホシハジロやマガモなどが飛来し、大都会の中で生き物たちが生きる環境としてもかけがえのない空間になっています。

昭和の終わり頃に小金井自然観察会に参加するようになり、「植物の名前だけを覚えるのではなく、野鳥も昆虫も含めあらゆる自然の構成要素をまるごと五感で感じることが大切」だと教えて頂いたことで自然を見る眼が養われたからこそ、日本庭園の見方に縛られることなく、大名庭園の自然的価値にも目を向けることができたのだと思っています。

花の名前を一つ覚えることで幸せが一つ増え、虫の声を聴くことで心が癒され、自由に空を飛ぶ野鳥を目

にすることで平和への思いが募る。

小金井自然観察会はそのような大切なことを教えてくれる会なのです。


会報『こなら』2022年4月号に掲載     

         春のさきがけ  

                          松原 悦枝  (当会 幹事:ホームページ担当)

「うめ、ひばり、けやき」は府中市の象徴として制定されています。「うめにひばりに木はけやき」は『武蔵府中郷土かるた』の読み札の一枚です。府中市の歴史、文化を楽しみながら学べるので、府中市内の小学生は『武蔵府中郷土かるた』を必ず学びます。ですから、「うめにひばりに木はけやき」このフレーズは府中市民にとても親しみがあります。『武蔵府中郷土かるた』とは昭和48 年に府中市民からの公募作品から製作されました。  

 2 月の観察会では府中市郷土の森で梅林を見ました。今年は例年より梅の開花が遅く、咲いている品種はやや少なめでしたが、暖かな日差しの中、楽しい観察会でした。梅の下では、フクジュソウが可愛く咲いていました。

 フクジュソウにまつわるこんなアイヌの昔話がありますのでご紹介します。

北の大地、アイヌの国の上にはなかぞらの神の住む国があり、さらにその上にはおおぞらの神の住む広くてどこまでも高い青い空の世界がありました。ある日、おおぞらの神は世界一美しいなかぞらの国の女神クナウを見初め、すぐさまクナウを嫁に欲しいとクナウの父親であるなかぞらの神に申し入れます。

なかぞらの神は、最も偉いおおぞらの神からの申し出をたいそう喜び、クナウは次の春おおぞらの神のもとに嫁ぐことになります。花嫁衣装を自分の手で作り上げるように父から命ぜられたクナウはその材料である楡の木の皮を取りに、しばしばアイヌの国を訪れ、自然豊かな美しいアイヌの国に魅了されていきます。アイヌの国を好きになっていくほどに、青いだけのおおぞらの国に嫁ぐことを嫌だと思うようになり、クナウは婚礼の前日、自ら作った黄金色に輝く花嫁衣装を身に着け、アイヌの国へいきました。

おおぞらの国に嫁ぐことを拒み、その結果おおぞらの神・親にも背いた罪で、クナウはアイヌの小さな草にされてしまいました。美しい女神クナウはフクジュソウになってしまったのです。まだ、雪の残る寒い中、いち早く花を咲かせるのは、クナウが大好きなアイヌの国を早く見たいからです。春の訪れを告げているのです。アイヌの言葉でフクジュソウのことを「クナウノンノ」と呼び、女神クナウの花という意味です。

 このお話は少し長めなので途中を省略しました。実は鳥のひばりも登場します。おおぞらの神からアイヌの国に行き、クナウを探せと命じられたひばりですが、アイヌの国の美しさに喜び、遊び惚けて任務を忘れてしまいます。本来はおおぞらの国の鳥であるひばりですが、神の言いつけに背いた罰として、おおぞらの国へ帰ることを許されなくなりました。それでもひばりはおおぞらの国に戻りたくて、空に向かって飛び立ちます。しかし、高く飛 べずに舞い降り、舞い上がり、また飛び立ち、おおぞらの神に訴えます。「それはひどい、それはひどい、戻りたい、帰りたい。」と鳴いているといいます。そんな風に聞こえますでしょうか。 



会報『こなら』2021年10月号に掲載

野川周辺で食べられるもの

                          丸山 修身(当会会員)

 

 信州北端の山奥に生まれ育ったので、植物を見るとつい、食えるか、食えないか、を考えてしまう。

そこで野川周辺で僕が実際に食べたものを紹介しよう。

いちばん簡単に食べられるものはヤブカンゾウ、ノカンゾウの花である。これはつぼみから開きかけた頃がいい。僕は山登りに行ってラーメンに入れてよく食べたが、味はなんということはない。それよりもおすすめは、僕の田舎で「アマナ」と呼んでいた若いカンゾウの地下茎だ。丈10センチ未満ぐらいものを、カッターのようなもので土を掻き分けて根の上から切り取り、軽く茹でる。くれぐれも茹ですぎないこと。これを酢味噌であえるとちょっとヌメリがあって、絶妙な酒のさかなとなる。特に歯ごたえが抜群である。僕はこれを教えた女の人から、そのおいしさに驚かれたことがある。なによりも身近で大量に採れるのがありがたいではないか。

みなさん、ぜひ来年の早春に試してみてください。

それから野川べりにびっしり生えているノビルも、球形のりん茎も葉も一緒に刻んで冷や奴にでものせれば立派な薬味である。これも上質な酒のさかな。ネギなんぞより僕はずっと好きだ。

 

 次は木の実を二つ。武蔵野公園にヤマボウシの木が何本かあるが、この赤く熟す実は、田舎では「イツキ」と呼んでよく食べたものだ。僕は元々この木が好きで時々見にいくのだが、花は咲けども実はついたりつかなかったりで、今年は全然ダメだ。ヤマボウシは適潤地を好むので、小金井の気候は乾燥しているのかもしれない。秋に実がなったとしても、元気がない。本来はずっと鮮やかな紅で、大粒だ。ただ、とても甘いが、種が大きいのが玉にキズである。

 

それから、観察会では必ずその下で立ち止まるイヌザクラの実がある。これとそっくりのものにウワミズザクラの実があるが、ウワミズザクラの方が密につく。この実、「アンニンゴ」といって越後魚沼地方の特産である。実が緑のうちにとって塩漬けにするのだ。僕は知人からいただいて食べたことはあるが、噛み応えはいいが、特別おいしいものでない。これもまあ、酒のつまみだろうか。イヌザクラの実も食べられない訳がないのだ。来年は春のうちにとって、塩漬けで食べてみたいと思っている。機会があれば、その結果を報告します。

 キノコでは珍しいものとして、ノウタケとタモギタケを食べた。ノウタケは濃い茶色で、ドームのような、あんパンのような、変わった形をしているが、成熟する前の若い頃は肉厚でとてもおいしい。タモギタケは絵の具のような鮮やかな黄色で、僕が野川近辺で見たのはたった一度である。しかしキノコの場合、速く姿を変えるので図鑑はあまり当てにしない方がいい。

 昔、僕の村で飢饉の時、婆さんがキノコを見つけて鍋にしたのだが、こんなうまいものは嫁には食わせられないと言って、嫁さんだけには鍋を食べさせなかったのだが、嫁さんを除いて一家全員が死んだことがあった。毒キノコだったのだ。姑の嫁いびり。根性悪をするとバチがあたる、と言い伝えられている。

 

編者注:会の観察会では、基本的に動植物の採取を目的とした活動はしておりません。

丸山さんも同様で、個人で楽しんでおられました。

編集後記:巻頭言の「野川周辺で食べられるもの」の原稿を9月3日にご寄稿いただいた後、筆者の丸山さんは9月15日に急逝されました。

丸山さんは長く会に在籍され、自然に対するスタンスも独特でした。

山歩きが好きで、文筆活動も積極的に行われ、5冊のご著書を出しておられます。

『ひとり山旅の記』(岳書房、1994)、

『どぶろく天井』、『最後の帰郷』、『草原の道』、『頂上の一夜』(いずれも鳥影社、2012、2016、2016、2020年刊)のうち、

鳥影社の4冊は、アマゾンでも注文が出来るようです。心よりご冥福をお祈り申し上げます。


会報『こなら』2021年 7月号に掲載

秋に出会える鳴く虫たち

                 高 橋 利 行(当会幹事)

 

9月半ば、夏の名残を惜しむように、ツクツクボウシの鳴き声がかろうじて聞こえてくる。

 10月に入ると今度は秋の鳴く虫の声が耳につき始める。

 身近なところではオカメコオロギがいる。ハラオカメコオロギとモリオカメコオロギとよく似た2種類がおり、民家周辺では圧倒的にモリオカメコオロギがみられる。手の入っていない草地があれば住みついている。体の大きさは1cmほどで、オスの顔は横からみると扁平で、奇妙な形をしている。オス同士の喧嘩ではこの顔同士を突き合わせて戦う。鳴き声を表現すると「リ、リ、リ、リ」となり、あまり特徴がなく、目立たない。ハラオカメコオロギとの区別は鳴き声がたよりなのだが、これも実によく似ていて聞き分けるのは慣れないと難しい。野川公園や武蔵野公園では両方がいるので、ここでなんとか聞き分けられる。

 わかりやすいのはエンマコオロギだろう。よく表される鳴き声の表現は「コロコロコロ、リー」と鈴を転がしたような綺麗な音だ。膝丈くらいの高さの、しっかりした草地を好む。日本のコオロギの中では一番大きい。捕まえて顔を見てみると、やや強面なところから「閻魔」を連想して名付けられたようだが、見方によっては耳のないミッキーマウスのようにも見える。

 生垣や庭の植え込みなど低い樹々からはカネタタキの声が聞こえてくる。さてその鳴き声だが、図鑑などでは「チン、チン、チン」と表記されているのでそう聞こえるようだが、初めて聞く人に表現してもらうと「ピッ、ピッ、ピッ」と聞こえるらしい。これは文字情報からの思い込みが関係しているようだ。

 このほか、低木が茂り、蔓植物がからみついているようなところでは、クサヒバリが鳴いているのに出会うことがある。「朝鈴」の別名もあり、頭上から「フィリリリリ…」と爽やかな声が響いてくると気持ちがよい。明治時代に日本を訪れたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)もこの声を好んでいた。

 このように暑さも和らいだ時期の昆虫観察としては、鳴く虫の声はうってつけだ。

 散歩がてらに、また観察会でも、是非鳴く虫を楽しんでもらいたい。