小金井自然観察会 コラム

田中 肇 先生のページ

会報『こなら』2024年4月号 巻頭言

野川公園のトラマルハナバチ

田中 肇(フラワーエコロジスト・当会幹事)

 野川公園内に自然観察園の存在を知ったのは、2009年に文京区大塚からここ小金井市に転居してきたころだ。それから2、3年ほど過ぎたある日、自然観察園内で何気なく見ていた花にトラマルハナバチが飛来した。慌ててカメラを構えたがピンボケでボツ。今思うと証拠写真をピンボケ理由で破棄にしてしまったので、そのハチが訪れた花は何だったかを思いだせず残念である。しかし、ここにトラマルハナバチがいると知ったことで、大きな安堵感を覚えた。野川公園にはマルハナバチの仲間によらねば、花粉をたっぷり運んでもらえない、ヤマツツジやオドリコソウ、ツリフネソウ、キツリフネ、カリガネソウ、リンドウ、コウヤボウキなどが自生あるいは植えられている。マルハナバチがいると知ったことで、記した花々の子孫の安泰が続くと確信できたからだ。

イボタノキの蜜を吸うコマルハナバチ

(写真 田中肇) 

この野川公園やその近辺ではトラマルハナバチとコマルハナバチという2種のマルハナバチが活動している。このうちコマルハナバチは適応性が高く自然環境の中のみならず、人家の天井裏にも巣を作る習性がある。しかしこのハチは梅雨に入る頃には交尾を終えて、来春までの長い休眠に入ってしまう。その結果、秋に咲くツリフネソウ、カリガネソウ、コウヤボウキ、リンドウなどの主要な花の花粉媒介者は、夏から秋にかけても活動するトラマルハナバチのみとなる。


トラマルハナバチは枯葉の積もった林の中のノネズミの古巣に手を加えて住みかとしている。そのため落ち葉かきなどされない、自然度が高い環境でないと繁殖できない。幸いなことに野川公園に隣接して国際基督教大学のキャンパスがあり、猛禽の王オオタカが訪れ、アナグマやタヌキが住む深い林がある。訪花昆虫の長とも言えるトラマルハナバチもこの自然度の高い環境に巣を構えているのだ。私は野川公園を訪れるたびに、目にみえにくいが確かに存在する自然を大切にして欲しいと願っている。

ツリフネソウの花から飛び立った

トラマルハナバチ

左の花はマルハナバチが何回も訪れたのでハチの爪で傷ついている (写真 松村茂生)



2021年12/10(金)~23(木予想以上のお客様にご来場いただきました!

撮影者の 田中 肇 氏は当会幹事で長年、花の形態・生態に関する詳細な観察を積み重ねて、受粉様式に関する様々な発見をし、多くの一般書を上梓して「花生態学」の発展に大きく貢献されておられる。 ここでは30点余の写真と解説を展示し、花々に秘められた不思議を解き明かしている。

「日本花粉学会学術賞」他 受賞者でもある。 

都立野川公園 

サービスセンター内

展覧会場風景


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12月8日FMラジオフチューズに田中肇先生と大石会長出演
今回の写真展 12月11日からの「花のふしぎ」写真展と小金井自然観察会の活動を語る。
ラジオフチューズ田中先生.mp3
MP3 オーディオファイル 27.4 MB


2020年4月10日 田中肇 先生 新刊書 ちくま書房 ちくま文庫より発売!

『花と昆虫、不思議なだましあい発見記』 田中 肇(著/文)  正者 章子(イラスト) 

 発行:筑摩書房  文庫判 336ページ  定価 800円+税

 この本は2001年に出版され2003年には韓国語版も刊行され、その後絶版となっていましたが、

このたび筑摩書房の「ちくま文庫」入りしました。もともと、文庫本として企画された原稿でしたので、ページの大きさと挿絵がマッチして、原著よりきれいなレイアウトになりました。

 ご高覧いただき、お知り合いなどにご紹介いただけると嬉しいです。(田中 肇先生より)



『昆虫の集まる花ハンドフック』(文一総合出版)

田中 肇先生はフラワーエコロジストで、当会幹事です。

神奈川歯科大学非常勤講師を数年務められ、

日本花粉学会学術賞、吉川英治文化賞さらに、

2017年2月19日には花の形態・生態に関する詳細な観察を積み重ね、受粉様式に関する様々な発見をしたばかりでなく、多くの一般書を上梓し「花生態学」の発展に大きく貢献した功績で「松下幸之助 花の万博 松下正治記念賞」を受賞されました。

『昆虫の集まる花ハンドフック』(文一総合出版)

植物の生態図鑑』(学研教育出版)

『花と昆虫がつくる自然』(保育社)等々、花生態学関係の著書を多数出版されています。

大自然のふしぎ 植物の生態図鑑  
(改訂新版)学研教育出版



会報 『こなら』2022年 7月号に掲載

読後感――『牧野植物随筆』(牧野富太郎著)

田中 肇(フラワーエコロジスト・当会幹事)

 本年4月の観察会のおり、清水徹男名誉会長の蔵書からと表題の文庫本をいただいた。元の本は牧野富太郎博士が1947年に鎌倉書房から出版した同名の著書である。

牧野先生と言えば、私の机上には2019年発行の『牧野日本植物図鑑卓上版』がある。これは1940年発行の『牧野日本植物図鑑』のコピー本で、末尾には「植物学術語ト其小解」(植物記載用語)、「INDEX」(学名検索ト言語ノ解)、「漢名索引」があり、多くの知識をもたらしてくれる。また図鑑としての種の記載の末尾には、漢字を交えて和名の由来を簡略に記しており、和名を覚えるヒントを提供している。ただ諸所に「漢名 烏頭(誤用)」とか「山茶花ト書キ之ヲさざんかト訓ズルハ非ナリ」と言うような注釈がみられる。しかし、なぜ誤用なのか、なぜ非なのかの詳細は記されていない。その謎を解いてくれるのがここに紹介する『牧野植物随筆』である。

『牧野植物随筆』の目次には29の項目があるが、その内20項目では多数の書物を引用して「植物学者達がテンナンショウだと思っていた国産の植物は決して天南星そのものではなく……真正の天南星はひとり支那のみに産し」というように、中国産の植物であり日本には生育しないとか、あるいは当て字である、などと解いている。引用した書物が最も多かったのはカルカヤで、44もの書名を挙げて「カルカヤは元来は植物の名ではなかった」とし、最終的にはオガルカヤとしている。引用された書物の表題はいずれも漢字で記された日本と中国の書物であり、欧米の図書名は掲げていない。

このように見てくると当時牧野先生は、誤りの多い植物名の漢字表記を正そうと、やっきになっていたのだろう。大場秀章先生の著書『江戸の植物学』(1997)によれば、江戸時代には植物は「なにがなんでも中国の『本草綱目』に記載されている植物に当てはめようとした」風潮があり、牧野先生はそのような江戸時代の残滓を払おうとしていたのだろう。

私も時によって植物名を漢字で書くことがあるが、それが正しくその種の名に当たるかを知った上で用いねばならないと、改めて反省させられる一冊である。

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 編集者注記:『牧野植物随筆』牧野富太郎、講談社学術文庫、2002年刊。同書は、現在は出版社で品切、電子書籍版のみ入手可能です。ただ、アマゾンなどで検索すると、古本なら手に入るようです。小金井市の図書館には所蔵されていませんが、近隣の図書館、府中市中央図書館、東京外国語大学図書館(鎌倉書房版)、国分寺市恋ヶ窪図書館などには所蔵されています。余談ですが、来春のNHKの朝ドラのヒロインは、牧野富太郎氏の妻・寿衛さんがモデルのようです。さらに余談ですが、牧野氏の生まれ故郷である高知の佐川町にある司牡丹(つかさぼたん)酒造は、このドラマに合わせて、「花と恋して」という名前の純米酒を今年7月に発売するそうです。名前の由来は牧野氏が遺した「草をしとねに 木の根を枕に 花と恋して九十年」という文から来ているとのことです。(k)


会報 『こなら』2020年 4月号に掲載

   菖 蒲 と花 菖 蒲  

田中 肇 (フラワーエコロジスト・当会幹事)

 5月5日の端午の節句、この日はショウブの葉とヨモギの葉を軒先にさして魔除けにしたとか。この習慣は古くから伝えられてきたもので「枕草子」にも書かれているとのこと。今はこどもの日となっているが、五月、「端」最初の、「午」ウマの、「節句」節目の日、との意味だそうだ。「午」の発音が「五」と同じなので、のちに五月五日になったという。

節句には武者人形を飾るがショウブ(菖蒲)とハナショウブ(花菖蒲)を混同して、ハナショウブを持った人形もある。と分かったようなことを書いていて、家に飾ってある武者人形の金太郎を見ると、青紫で3弁の花を持っており明らかにハナショウブだ。購入したのは両菖蒲の区別ができる私だが気づかずに過ごしていたので、ここで復習することにした。

  ショウブはサトイモ科の植物で、根元から剣のように細長い50cm~100cmほどの葉を数枚出す。その中から葉によく似た花茎をたて、その途中に長さ4~7cmほどの棍棒状の花穂をだし、びっしりと花をつける。花がびっしりなら、さぞ綺麗だろうと想像してしまうが、花とは名ばかり。小さな緑色の花びらが6個(平たくないので6枚とは書きたくない)・黄色い雄しべが6個、そして真ん中に緑色の雌しべが1個で一つの花を作っている。花の直径はわずか2.3mmで、それが何百個も集まったのが花の穂で、写真の棍棒状のものがそれだ。これほどたくさん花を咲かせても、日本では実ができないのだと図鑑に書いてある。

  ハナショウブはアヤメ科に属し、ショウブと同様に剣形の葉を複数だし、その中央から花茎をたてて、白~紫色の花びらをつけた美しい花をつける。この植物は湿原に生えるノハナショウブ(野花菖蒲)を江戸時代から改良し続けた日本独特の園芸植物である。現在は葛飾区立公園になっている「堀切菖蒲園」が有名で、アメリカで出版された “The Japanese Floral Calendar” (1911、 明治44年)にも写真があった。

ショウブの花の穂

ハナショウブ

The Japanese Floral Calendar” より



会報 『こなら』2019年 4月号に掲載

鳥知らずが語るセキレイの話  

 田 中  肇 (フラワーエコロジスト・当会幹事)

 まず断っておきますが、私は高い音が聞こえず鳥はカラスとスズメの区別しかできません。でも、ある観察会の仲間とハクセキレイについて面白いメール交換があったので、まとめました。メール相手はL氏とします。

L氏 「久々に「BIRDER」誌を購入してみたら…《今ではコンビニで一年中、ちょろちょろ走り回っているハクセキレイが、「40年前の関東以南では冬にしかいない鳥だった」という》」

そのメールの中でL氏は、複数の図鑑のハクセキレイの記述を発行年順に詳しく引用しており、それを簡略にまとめると下記のようになります。

1979「野鳥図鑑」 《すんでいる場所 本州北部以北の海岸の崖地や内陸の川沿いの崖地、…》

1982「フィールドガイド日本の野鳥」 《習性:ハクセキレイは元来、北部日本で繁殖して、本州中部以南で越冬したが、繁殖地が次第に南下し、現在は和歌山県が南限である。》

1988「鳥630図鑑」 《生息場所 本州中部以北で繁殖し、本州以南で越冬する。》

1998「山渓ハンディ図鑑7 日本の野鳥」 《漂鳥または留鳥》

2014「日本の野鳥650」 《留鳥または漂鳥として北海道から九州の平地から山地の海岸、河口、河川、農耕地、都市部の公園、人家周辺、山間部の集落などに生息。以前は北海道のみで繁殖していたが、近年、本州中部まで繁殖域を広げ、場所により西日本でも繁殖している地域がある。冬は南下し、都市部の街路樹や橋の下、河畔林などでねぐらを持つ。》

そしてL氏は「ハクセキレイがだんだん勢力を拡大していく様子が反映されています。」と述べています。

田中返信 「1935年再版(初版1934)の「全動物図鑑」を見ました。ハクセキレイは載っていませんでした。ハクセキレイは当時いなかったからだ?」

L氏 「学名を見ていて気が付いたのですが、「全動物図鑑」ではセグロセキレイは"Motacilla alba grandis"となっています。……「鳩ケ谷博物誌」ではハクセキレイは"Motacilla alba lugens"となっていて亜種の関係になっています。……「全動物図鑑」の編者はハクセキレイをセグロセキレイの亜種とみて日本中にいるセグロを採って一部にしか生息しないハクを捨てたとも考えられますね。北海道には顔の白い亜種がいるらしいといった程度の認識だったのかもしれません。」

現在の「日本鳥類目録第7版」では以下のようになっています。

キセキレイ:Motacilla cinerea

セグロセキレイ:M. grandis

ハクセキレイ:M. alba

ここで田中が言いたいことは「古い記録を大切に」で、本会の「こなら」の観察記録を精査するとハクセキレイの増加が読み取れるかも知れません。


会報 『こなら』2018年 新年号に掲載

十 二 支 の 植 物 た ち
                              田 中  肇 (フラワーエコロジスト・当会幹事)
  今年は戌年、頭にイヌと付く名の植物を話題にしようと図鑑の索引を開いてみました。なんとイヌアワ,イヌエンジュ、イヌカキネガラシ、から始まり・・・イヌヨモギ、イヌワラビまで39種もの名が並んでいます。でもイヌの特徴や習性あるいは体の一部などを表す植物名はたった3種。イヌノハナヒゲ、イヌノヒゲ、イヌノフグリだけでした。前二者は単子葉植物のカヤツリグサ科とホシクサ科に属し、湿地に生える細長い葉を出す目立たない植物です。イヌノフグリは誰でも知っている青く輝く春の花オオイヌノフグリの仲間です。でも名を詮索すると新春向きの話題には不向きです。

では他のイヌの付く植物はと思われるでしょうが、イヌを戌年の戌とすれば、「まこと」「うつくしい」「あわれむ」などプラス思考の意味を持っています。しかしイヌを犬として、ある語に冠すると「似て非なるもの」「劣るもの」「くだらないもの」「むだなもの」とマイナスの評価を表す言葉になってしまいます。そして、植物の名では後者の犬として冠されており、辛くない蓼や芥子だからイヌタデやイヌガラシ、麦や枇杷としては劣るのでイヌムギ、イヌビワ、などとなっています。

 どうしても話がめでたくならない。そこで考えなおして、十二支の動物が冠された植物はと図鑑にもどると、子(3)・丑(7)・寅(2)・卯(1)・辰(3)・巳(3)・午(6)・未(1)・申(3)・酉(4)・戌(39)・亥(2)、とすべてがそろっていました。括弧の後の数字はそれらが冠された植物の種数です。
  昨年は酉年、酉はニワトリを指すそうですが、漢字の意味から抜け出して鳥とすると18種もの鳥が出てきて楽しくなります。8種ずつの植物に冠されているスズメとカラスが1位で、酉や鶏のニワトリが4種で3位、以下2種ずつなのがサギ・カリガネ・キジ・クジャク・ヒヨドリ・ヤマドリ、1種ずつ植物に冠されているのが、カモ・キンケイ・タカ・トキ・ハト・フウチョウ・ホトトギス・メジロ、でした。
以上は主に手元の「新改訂学生版 牧野日本植物図鑑」(1976)の索引で数えたものです。今年がよい1年であるよう祈りながら、雨や雪の日には図鑑の上で遊ぶのも一興でしょう。そして新しい視点から楽しいことを発見しましょう。